Job Description 10: レンジャー 【ファウンテン 永遠につづく愛】
  中世の甲冑に身を固めたコンキスタドール(征服者)が、罠と知りつつ密林にそびえるマヤの神殿へと足を踏み入れるシーンからこの映画は始まります。故国スペインの女王への忠誠を誓う言葉を口にしながらふりそそぐ矢と槍をかいくぐって男は前進し、急角度で階段状にせり上がった石造神殿の頂きへと辿りつくと、そこには……。

  3つの時代に舞台がまたがり、相互のシーンが激しく入れ替わりながらストーリーは進行します。残る2つの舞台は現代の最新医療の現場と、未来あるいは異次元の宇宙に浮かぶ‘生命の樹’の樹下。この‘生命の樹’についてはオープニング直後に旧約聖書・創世記の一節が示されることで、その所在が作品全体をつらぬくテーマであることが暗示されます。
  創世記において神は土くれから人をつくり生命の息を吹き込むと、東にエデンの園をつくりそこへ住まわせます。このエデンの園の中央に植えられたのが知恵の樹と生命の樹で、‘知恵の樹’の実は知性を、‘生命の樹’の実は永遠の命をもたらしました。よく知られているように人はこの‘知恵の樹’の実を食したことでエデンの園から追放されてしまいます。生命の樹のその後について、旧約聖書はこう記しています。

  ‘こうして神は人を追放した。そしてエデンの園の東に、ケルビムと回る炎の剣を置いて、生命の樹への道を守らせるようにした’ -創世記3章24節

  ではこの‘生命の樹’、現実にはどこにあるのか。あるいはあったのか。こうした設問は一見突拍子もないようにも映りますが、トロイを発掘したシュリーマンを例に出さずとも、神話・伝説の類が現代においてもある一定の真実を含みうると認められていることもまた疑いのないところです。であればこそこのような舞台設定が活きるわけですが、それが象徴的なイメージであればあるほど下手に映像化すれば陳腐かつ悲惨このうえない状況を招きますから、本編中に幾度も‘生命の樹’を登場させてしまう本作の挑戦的な姿勢にはその個別の成否はともかく感心しきりでした。

  監督はダーレン・アロノフスキー。“π(パイ)”[1997]、“レクイエム・フォー・ドリーム”[2000]に続く監督3作目。前2作はその斬新な画作りが注目を浴びましたが、今回はストーリーの規模がまったく異なるのもあってか前衛性の点ではトーンダウンした感じに。
  また彼の作品はどれも実験的な姿勢や思弁的な方向性が強い一方セットや小道具にも力が入っていて、本作でもたとえばスペインの女王から主人公がマヤ探検の密命を受ける場面での、アルハンブラ宮殿を思わせる東西折衷的な王城のつくりなどは意外に見ごたえがありました。そこから突然最新鋭の医療設備が並ぶ全面ガラス張りの研究施設へと画面が切り替わるのですから、これだけでもなかなかに新鮮な映像体験でした。どんなにごたごたしたシーンでも透徹した空気感を出せるところも、この監督の長所かもしれません。
  ただアロノフスキーもまた欧米のこの世代(30代後半〜40代前半くらい)の表現者にはもはや共通すると言ってもよい種の妙な東洋嗜好をもっていて、“π”では劇中の重要なアイテムとして囲碁が登場しましたが、本作でも主人公が作務衣を着て座禅を組むイメージが幾度か登場してきます。異文化に対するリスペクトが十分に感じられるので文句をつける気はないのですが、表面的な東洋理解がこのように記号化されたイメージへと帰結していくのを見ると、何だか‘結局それかい’というような拍子抜け感を覚えるのも確かですね。

  BGM演奏をクロノス・クァルテット(Kronos Quartet)が担当していることも見逃せません。彼らは現代音楽を本領とする弦楽四重奏団なのですが、スティーヴ・ライヒからビル・エヴァンズ、ジミヘンからビョークまでと彼らほど多岐に渡る分野で第一線のミュージシャンと共演してきたグループも他にないんじゃないかというほどに懐の深い実力を備えています。むしろラストのほうなど彼らの演奏のBGVとして映像を観るのもアリかも。
  ちなみに邦題では“ファウンテン 永遠につづく愛”とサブタイトルが付いています。ファウンテン(fountain: 泉)の語はカタカナとしてはこなれてないので副題を付けた意図はわかるのですが、この副題につられ恋愛モノと期待して作品を観るとラストの展開がまったく感情移入しがたいものになりそうであまり良いネーミングとは思えません。といってもまあ終盤のシークエンスは理解しろというほうが無理な種類のものなんですが。
  アロノフスキーがタイトルに“泉”を採用したことには恐らく、前作“レクイエム・フォー・ドリーム”の原作者でありアロノフスキーと共同脚本の筆も執ったヒューバート・セルビー・Jr(Hubert Selby Jr.)の思想が影響していそうです。DVD版“レクイエム〜”の映像特典に入っているインタビューでセルビー・Jrは、‘万物は瞳に映し出された像であり、瞳は万物を映し出す豊穣な泉なのだ!’というようなことを力説しているんですね。すでにかなりの高齢なのですが、よぼよぼになってもエネルギッシュに自らの精神世界を展開させるこういうおじいちゃんってかなり好きです。(笑)

   公式HP: http://microsites2.foxinternational.com/jp/fountain/
   ※ 全国12都市にて目下公開中。たぶん空いてます…。

"The Fountain" by Darren Aronofsky [+scr] / Hugh Jackman,Rachel Weisz,Cliff Curtis / Clint Mansell [music score] / Kronos Quartet [music perform.] / 95min / US / 2006

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