『パイレーツ・オブ・カリビアン』、きのうから第3作が日本公開に。すっかり海賊映画の代名詞的存在となりましたね。第1作について書いた過去記事(「Job Description 2:〜」昨年7月23日記事)では作品を巡る製作背景に焦点を当てたので、今回はできるだけ作品内容にシフトしてみます。
とはいえこれから観ようというかたも多いでしょうから、ここではストーリーを追うことはせず、代わりにキーワードを3つ。「世界の果て」と「父と子」、「船」。では参ります。
◆世界の果て
サブタイトルにもある通り、この作品では「ワールドエンド(世界の果て)」が大きな意味をもっています。原題では"At World’s End"と’at’が付いているように、ストーリー進行そのものが「世界の果て」を主舞台として展開するのですね。しばらく前に当ブログで紹介した予告篇動画にも出てくるので記憶にあるかたもいるかもしれませんが、視覚化されたこの「世界の果て」はなかなかに凄かった。とにかく本作は視覚エフェクトの点で目を見張る場面が前作よりも増えていました。
以前にも触れましたが、この第3作は昨年公開された第2作と同時撮影されているんですね。つまりエフェクト等を含む編集作業のみに1年近い時間をかけることが可能だったわけで、この時差を両作品の差異化へとうまく活かした構成になっていることが窺えます。
◆父と子
作品前半では世界各地の大海賊9名による‘評議会’開催までの顛末が描かれるのですが、この会議の場で大海賊の首領たちをも黙らせる‘海賊の掟’の番人として登場する男がいます。3、4ヶ所しか出番がないもののやたらにカッコいい役柄で、ひと目みてスパローの父親だったらいいなと個人的に思いました。
というのも3人の主人公のうち鍛冶見習いだった青年と貴族出身のヒロインの2人については、前2作ですでにそれぞれの父親が登場し重要な役割を果たしていますが、本作においてはさらにそのプレゼンスを増しているんですね。そこでもしかしたらこの作品の裏テーマは‘父と子’かもなという気配を感じていたからなのですが、この掟の番人、その後のシーンでやはりジャック・スパローの父であることが明かされます。
実を言うと“パイレーツ・オブ・カリビアン”の第1作は、興行的成功を収めた一方でディズニー製作の映画としては初めてPG-12指定を受けた作品でもあったので、もしかしたらここには教育的配慮を前面に出す意図が働いたのかもしれません。しかも考えてみるとこの3人の父親、作品の根幹となる本筋のみを採り出すと必ずしも彼らが主人公3人の父親である必要はないんですね。むしろ‘父と子’の裏テーマを付加させるべく彼らの存在がクローズアップされたとみると、複雑なストーリー構成が幾分スッキリしてきます。
‘父と子’を‘継承’の問題と広げて考えると、その船の船長、その盟主、その伝統は誰が継ぐのかといったテーマが本編中でたびたび俎上にあがっているのがわかります。第2作でも登場したフライング・ダッチマン(さまよえる幽霊船)の船長も意外な人物が継ぐことに。乞うご期待。(笑)
◆船
とにかくお金のかかった米メジャー製作による大作映画、見どころの一つに視覚表現の卓越さがあるのは言うまでもないところですが、本作においては大航海時代当時の船舶や建築物の再現にもそれが活かされています。といっても見た目の質感が重要視されるので歴史考証的な厳密さは求められないわけですが、たとえば第2作以降終始不穏な敵役として振る舞うイギリス東インド会社の重役ベケット卿が登場するシーンなど、提督居室のインテリアや手にする小道具がなかなかよく出来ていて見ごたえを感じました。
また彼の乗る四層甲板の超一等戦列艦が、この映画ではすでにお馴染みのブラックパール号(快速フリゲート艦)とフライング・ダッチマンから同時砲撃を受ける場面があるのですが、このシーンなどは敵の意表を突いた戦術にアブキール海戦でナポレオン艦隊を破ったネルソン提督の鬼謀を彷彿とさせるものがあり、ちょっと感動してしまいました。ここでベケット卿が茫然としつつ艦橋を降りる場面など、リア王や『乱』における仲代達矢のごとく‘世界の王の終わり’の元型イメージにけっこう迫っていたと思います。
少し話が逸れますがこのベケット卿、史実上のイギリス海軍省の幹部(ロード・オブ・アドミラルもしくはロード・オブ・ハイ・アドミラル、海軍卿)とイギリス東インド会社の重役が意図的に混同された役柄となっているんですね。もし史実上にそんな人物がいたら、当時の世界で5本指に入るほどの実権の持ち主にたぶんなります。現代で言えば陸海空軍を手にしたビル・ゲイツといったところ。
前作の終わりでイカの怪物クラーケンによってスパローともども海中に引きずり込まれたブラックパール号、その直前のシーンでクラーケンによって別の船が両断されたため記憶が混ざりがちなのですが、破壊はされずに丸ごと海に呑み込まれていることが本作への布石になっています。本作ではとんでもない場所を信じがたい航法で進みます。これは予想しようもないシーンでした、とだけここでは書いておきます。(笑)
第2作で海中から現れるという凄まじい登場の仕方をしたさまよえる幽霊船フライング・ダッチマンについても触れておくと、この船が召喚できたクラーケンは前作でお役御免となりつつも、船首に配されたギャトリングガンをそのまま大型化したような三連装砲や、木造船なのに空恐ろしい速度で沈んでいく潜航能力など、本作でも存分に見る目を楽しませてくれています。また今回はこの船が海中から現れる仕掛けについても、ジャック・スパローの天才的というか彼らしいとぼけた思いつきからその秘密が明かされます。
◆配役その他
第3作は一応完結編ということもあり、他にもいろいろな謎が順次明らかにされます。その過程で初めてデイヴィ・ジョーンズ(軟体動物の化け物、フライング・ダッチマンの船長)をビル・ナイが演じていることに気づきかなり驚きました。CG処理で顔を覆われてほとんど目と仕草だけの演技なのですが、なるほどこういう役柄ほど実のある役者でなければ務まらないのは確かだなぁと感心も。それに比べるとチョウ・ユンファ演じる華僑の海賊を始めとする‘9人の大海賊’については、もう少し個々につくり込みが欲しかったかなとも。ジョニー・デップはつくづく立ち位置の不思議な役者だなぁと思うのですが、彼の見せ場は前作のほうが多かったかもしれません。
エンドロールは最後まで見ることをお薦めします。早々に席を立つひとも多そうですが、第2作にもあったようにおまけシーンが付いてます。構成的にはプロローグに登場する処刑台を前にした少年とかすかに呼応しており、わたしなどはここでこの映画に施されたもう一つのテーマについて‘やっぱりそうなんだ’と再確認したわけですが、その理由も観に行ったかたにはお分かりになるはず。ぜひ。(笑)
"Pirates of the Caribbean: At World’s End" by Gore Verbinski / Johnny Depp, Orlando Bloom, Keira Knightley, Geoffrey Rush, Bill Nighy, Yun-Fat Chow/ Jerry Bruckheimer [prd.] / Hans Zimmer [music] / 170min / US / 2007
とはいえこれから観ようというかたも多いでしょうから、ここではストーリーを追うことはせず、代わりにキーワードを3つ。「世界の果て」と「父と子」、「船」。では参ります。
◆世界の果て
サブタイトルにもある通り、この作品では「ワールドエンド(世界の果て)」が大きな意味をもっています。原題では"At World’s End"と’at’が付いているように、ストーリー進行そのものが「世界の果て」を主舞台として展開するのですね。しばらく前に当ブログで紹介した予告篇動画にも出てくるので記憶にあるかたもいるかもしれませんが、視覚化されたこの「世界の果て」はなかなかに凄かった。とにかく本作は視覚エフェクトの点で目を見張る場面が前作よりも増えていました。
以前にも触れましたが、この第3作は昨年公開された第2作と同時撮影されているんですね。つまりエフェクト等を含む編集作業のみに1年近い時間をかけることが可能だったわけで、この時差を両作品の差異化へとうまく活かした構成になっていることが窺えます。
◆父と子
作品前半では世界各地の大海賊9名による‘評議会’開催までの顛末が描かれるのですが、この会議の場で大海賊の首領たちをも黙らせる‘海賊の掟’の番人として登場する男がいます。3、4ヶ所しか出番がないもののやたらにカッコいい役柄で、ひと目みてスパローの父親だったらいいなと個人的に思いました。
というのも3人の主人公のうち鍛冶見習いだった青年と貴族出身のヒロインの2人については、前2作ですでにそれぞれの父親が登場し重要な役割を果たしていますが、本作においてはさらにそのプレゼンスを増しているんですね。そこでもしかしたらこの作品の裏テーマは‘父と子’かもなという気配を感じていたからなのですが、この掟の番人、その後のシーンでやはりジャック・スパローの父であることが明かされます。
実を言うと“パイレーツ・オブ・カリビアン”の第1作は、興行的成功を収めた一方でディズニー製作の映画としては初めてPG-12指定を受けた作品でもあったので、もしかしたらここには教育的配慮を前面に出す意図が働いたのかもしれません。しかも考えてみるとこの3人の父親、作品の根幹となる本筋のみを採り出すと必ずしも彼らが主人公3人の父親である必要はないんですね。むしろ‘父と子’の裏テーマを付加させるべく彼らの存在がクローズアップされたとみると、複雑なストーリー構成が幾分スッキリしてきます。
‘父と子’を‘継承’の問題と広げて考えると、その船の船長、その盟主、その伝統は誰が継ぐのかといったテーマが本編中でたびたび俎上にあがっているのがわかります。第2作でも登場したフライング・ダッチマン(さまよえる幽霊船)の船長も意外な人物が継ぐことに。乞うご期待。(笑)
◆船
とにかくお金のかかった米メジャー製作による大作映画、見どころの一つに視覚表現の卓越さがあるのは言うまでもないところですが、本作においては大航海時代当時の船舶や建築物の再現にもそれが活かされています。といっても見た目の質感が重要視されるので歴史考証的な厳密さは求められないわけですが、たとえば第2作以降終始不穏な敵役として振る舞うイギリス東インド会社の重役ベケット卿が登場するシーンなど、提督居室のインテリアや手にする小道具がなかなかよく出来ていて見ごたえを感じました。
また彼の乗る四層甲板の超一等戦列艦が、この映画ではすでにお馴染みのブラックパール号(快速フリゲート艦)とフライング・ダッチマンから同時砲撃を受ける場面があるのですが、このシーンなどは敵の意表を突いた戦術にアブキール海戦でナポレオン艦隊を破ったネルソン提督の鬼謀を彷彿とさせるものがあり、ちょっと感動してしまいました。ここでベケット卿が茫然としつつ艦橋を降りる場面など、リア王や『乱』における仲代達矢のごとく‘世界の王の終わり’の元型イメージにけっこう迫っていたと思います。
少し話が逸れますがこのベケット卿、史実上のイギリス海軍省の幹部(ロード・オブ・アドミラルもしくはロード・オブ・ハイ・アドミラル、海軍卿)とイギリス東インド会社の重役が意図的に混同された役柄となっているんですね。もし史実上にそんな人物がいたら、当時の世界で5本指に入るほどの実権の持ち主にたぶんなります。現代で言えば陸海空軍を手にしたビル・ゲイツといったところ。
前作の終わりでイカの怪物クラーケンによってスパローともども海中に引きずり込まれたブラックパール号、その直前のシーンでクラーケンによって別の船が両断されたため記憶が混ざりがちなのですが、破壊はされずに丸ごと海に呑み込まれていることが本作への布石になっています。本作ではとんでもない場所を信じがたい航法で進みます。これは予想しようもないシーンでした、とだけここでは書いておきます。(笑)
第2作で海中から現れるという凄まじい登場の仕方をしたさまよえる幽霊船フライング・ダッチマンについても触れておくと、この船が召喚できたクラーケンは前作でお役御免となりつつも、船首に配されたギャトリングガンをそのまま大型化したような三連装砲や、木造船なのに空恐ろしい速度で沈んでいく潜航能力など、本作でも存分に見る目を楽しませてくれています。また今回はこの船が海中から現れる仕掛けについても、ジャック・スパローの天才的というか彼らしいとぼけた思いつきからその秘密が明かされます。
◆配役その他
第3作は一応完結編ということもあり、他にもいろいろな謎が順次明らかにされます。その過程で初めてデイヴィ・ジョーンズ(軟体動物の化け物、フライング・ダッチマンの船長)をビル・ナイが演じていることに気づきかなり驚きました。CG処理で顔を覆われてほとんど目と仕草だけの演技なのですが、なるほどこういう役柄ほど実のある役者でなければ務まらないのは確かだなぁと感心も。それに比べるとチョウ・ユンファ演じる華僑の海賊を始めとする‘9人の大海賊’については、もう少し個々につくり込みが欲しかったかなとも。ジョニー・デップはつくづく立ち位置の不思議な役者だなぁと思うのですが、彼の見せ場は前作のほうが多かったかもしれません。
エンドロールは最後まで見ることをお薦めします。早々に席を立つひとも多そうですが、第2作にもあったようにおまけシーンが付いてます。構成的にはプロローグに登場する処刑台を前にした少年とかすかに呼応しており、わたしなどはここでこの映画に施されたもう一つのテーマについて‘やっぱりそうなんだ’と再確認したわけですが、その理由も観に行ったかたにはお分かりになるはず。ぜひ。(笑)
"Pirates of the Caribbean: At World’s End" by Gore Verbinski / Johnny Depp, Orlando Bloom, Keira Knightley, Geoffrey Rush, Bill Nighy, Yun-Fat Chow/ Jerry Bruckheimer [prd.] / Hans Zimmer [music] / 170min / US / 2007
コメント
前回の映画記事(「ニュー・ワールド」2月24日記事)で執筆予告した作品3本、『パイレーツ〜』以外の2作も日本公開の期日が決まったようなのでお知らせしときます。
"Apocalypto": 6月16日〜 東宝系にて全国公開
"The Fountain": 7月14日〜 テアトル系にて全国公開
日本語タイトルも決まってました。『アポカリプト』と『ファウンテン 永遠につづく愛』です。各作品の内容については2月24日記事にて。どちらも日本版公式HPができてます。楽しみ〜>w<
いつもGoodbyeさんのBLOGを興味深く読ませていただいてます。
今回のエントリーにあるAt World’s End、
わたしも早々に見てきましたが100門超級戦列艦の登場や、
ジャック・スパロウのモデルとされたストーンズのキース・リチャードの父親役でのカメオ出演等
前作までとはまた別に楽しめる要素があったと思います。
こちらの記事を拝見させていただいて、
見逃していたシーンもあり、
また見に行きたいなと思う今日この頃です。
なるほど!そうだったんですか。これは知りませんでした。 道理でどこかで顔は見たことあるのに役者としてはまったく心当たりがなかったわけですねw 無言の風格というか他の出演者にはない種のオーラ出てましたよね。
この作品はプロットの構造が、子供も観たがるような販促をしておいてこれはないだろというほどに少し複雑すぎじゃないかという気がします。あとあとDVDを買わせる戦略なのかもしれないけれど、一度観て丸わかり、とは行かない作品ですね。わたしもレンタル屋に出回りだしたら即借りる所存ですw コメントありがとでした^^
少し記事補足を。100門超級の戦列艦、映画中で舷側面の砲列が三列見えたので記事本文ではこれに上甲板を加え四層甲板としましたが、このクラスの船になるとどうも上甲板にはあまり砲列を配さなかったようですね。したがって砲甲板は三層ということになり、記事では超一等戦列艦としましたが普通に一等戦列艦へ分類するのが正しそうですね。しかし他の船に比べて抜群の偉容がありましたねぇ。
昨夜見てきました!帆船好きにはたまらないシーン満載で見ごたえ200%でした!
反面、ストーリーは唐突感が各所にあり、ぐぴさんがおっしゃるとおり一度見ただけではしっくり来ないかな
大船団の艦隊戦が見たかったので残念ですが、艦隊戦というのはやはり映像化は不可能なのですかね
わたしもレンタルが始まったらもう一度見ますよ
駄文失礼
そのためおそらくこの作品、編集の段階でカットされたシーンが膨大にあるはずなんですよね。このこともありストーリーは破綻スレスレのラインを突き進むわけですが、代わりにどのシーンも存分にお金のかかった大スペクタクルの連続となったとも言えるわけで。ただしこれだけ連続すると観客はふつう途中で麻痺します。それも約3時間。この作品が見たくて、ではなくデートや家族サービスの一環でこの映画を選んだひとは高確率で寝ちゃうんじゃないでしょうか。
DVDではカットされた未公開映像が特典に付かないかなぁと期待してます。船舶のシーンもですが、大海賊たちの集う船の墓場の映像とか、もう少しじっくり見せて欲しく。コメント感謝でした^^
ちなみに、パイレーツオブryを見てきたのですが、エンドロールでは早々に席を立ってしまいましたが、おまけがあったとは・・・
それでは〜
映画のエンドロールに何かしらの工夫が凝らされることは以前からままありましたが、近年少し増えているかもしれません。ハリウッドの場合は作り手の遊び心のほか米メジャーの世界戦略もたぶんからんでいそうです。配給されるお国柄によっては公式の上映館においてもエンドロールに入った時点で幕を降ろしたりフィルムを止めてしまうところってけっこうあるんですよね。けれど製作サイドのクレジットやスポンサーのロゴがスクリーン上から排除されてしまうのは配給元にとっては大問題なので、場合によっては映画の本筋に深く関わるようなシーンがエンドロール以降に配されたりも。パイレーツ〜2、3くらいの軽いおまけという感じはけっこう好きです。
E鯖にもgoodbyeいますのでそのうちお会いできたらいいですねぇ。って実は全員見習いのままZ鯖にB鯖にもいるんですけどね(笑)
あたしもあんな海賊になれたらいなと思います
ひなさんも女海賊孤高の道をずんずんと!>w<
で、その「マスター・アンド・コマンダー」が撮影されたバハスタジオ(FOXの海洋モノと云えばココ)なんですが、20世紀FOXが手放したそうです。ちょっとフクザツな気持ち…。
バハスタジオってちょっと検索してみたら・・・凄いですねぇ。これだけ海洋物の大作を出してたスタジオがなくなると、他にあるといってもつくる作品への影響すごく大きそうですねぇ。CG技術の進展もあるし、映画製作の在り方もまたガラリと変わってゆくんでしょうね。でもこれはフクザツ><
こういうネタ大好きなので、また機会あったら書き込みよろしくです!^^